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東京地方裁判所 平成6年(ワ)16918号 判決

原告

富士火災海上保険株式会社

被告

小島海陸運輸株式会社

ほか二名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは各自原告に対し、二〇一一万六九〇四円及び内金一〇九六万九九六六円に対する昭和五九年四月一八日から、内金九一四万六九三八円に対する平成五年一一月二六日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故

(一) 日時 昭和五七年四月五日午前七時五〇分ころ

(二) 場所 千葉県船橋市栄町一丁目二八番地先路上

(三) 加害車 普通乗用自動車(習志野五六す六七〇七)

運転者 被告寺床博好(被告博好)

(四) 被害車 普通乗用自動車(習志野五七な三七六三)

運転者 訴外米村豊彦(訴外米村)

(五) 態様 被告博好は、加害車を運転中、前方注視を欠いたまま進行した過失により、交差点の手前で赤信号のため停止していた訴外米村豊彦運転の被害車の後部に、加害車の前部を追突させた。

(六) 結果 訴外米村は、頸椎椎間板障害、外傷性後頭神経痛、両上肢末梢神経障害などの傷害を受けた。

2  責任

(一) 被告寺床修(被告修)

加害車を保有し、これを自己のために運行の用に供していたから、自賠法三条により、本件事故による訴外米村の損害を賠償する義務がある。

(二) 被告博好

前方注視を欠いた過失により、訴外米村に傷害を負わせたもので、民法七〇九条により、本件事故による訴外米村の損害を賠償する義務がある。

(三) 被告小島海陸運輸株式会社(被告会社)

(1) 被告会社は、被告博好の使用者であり、本件事故はその事業の執行中に起きたものであり、被告会社は民法七一五条により、本件事故による訴外米村の損害を賠償する義務がある。

(2) 被告会社は、加害車を自己のために運行の用に供していたから、自賠法三条により、本件事故による訴外米村の損害を賠償する義務がある。

(3) 被告会社の船橋営業所長である宮坂隆久は、本件事故による訴外米村の損害については、被告会社が責任を負う旨の意思表示をした。

右宮坂は、被告会社を代理する権限を有していた。仮にそうでないとしても、表見支配人として意思表示をした。

3  保険契約

原告は、本件事故当時、訴外米村と被害車につき、自家用自動車総合保険(記載番号KS二三九一七六二)を締結していた(本件保険契約)。

4  保険金の支払い

(一) 訴外米村は、後遺障害等級一二級六号に該当するとして、本件保険契約の無保険車傷害条項に基づき、原告に保険金を請求した。

その後の昭和五九年四月一〇日に、原告と訴外米村との間に、財団法人交通事故紛争処理センターの斡旋により、別紙損害計算書示談成立欄記載の一〇九六万九九六六円を原告が訴外米村に支払う、後遺障害が今後加重された場合には別途協議する旨の示談が成立し、原告は昭和五九年四月一八日、訴外米村にこれを支払つた。

(二)(1) 訴外米村は、前記の後遺障害のほか、七級五号に該当する障害が判明し、併合六級に該当すると主張して、昭和六一年一二月二四日、原告や被告会社などに対し、千葉地方裁判所に損害賠償の訴えを提起し、別紙損害計算書和解成立欄記載の金額を請求した(別件訴訟)。

(2) 訴外米村と原告は、平成五年一〇月二八日、九一四万六九三八円を原告が訴外米村に支払う旨の裁判上の和解をした。

(3) 原告は、平成五年一一月二六日、右金員を訴外米村に支払つた。

5  原告は、被告ら各自に対し、商法六六二条による求償権に基づき二〇一一万六九〇四円及び内金一〇九六万九九六六円に対する昭和五九年四月一八日から、内金九一四万六九三八円に対する平成五年一一月二六日からそれぞれ支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告会社

(一) 請求原因1のうち(一)ないし(五)は認め、(六)は不知。

(二) 請求原因2の(三)は、宮坂が被告会社の船橋営業所長であつたことは認め、その余は否認ないし争う。

(三) 請求原因3は不知。

(四) 請求原因4のうち(一)は不知、(二)(1)、(2)は認め、(二)(3)は不知。

2  被告修、被告博好

(一) 請求原因1のうち(一)ないし(四)は認め、(五)は争い、(六)は不知。

(二) 請求原因2は争う。

(三) 請求原因3、4は不知。

三  抗弁

1  被告会社

原告の求償権は、訴外米村の被告らに対する損害賠償請求権を代位するものであり、民法七二四条が適用される。

そうすると、訴外米村が加害車と損害を知つたときから三年を経過した、昭和六二年四月四日(本件事故から三年を経過した日)あるいは、平成元年一二月二三日(別件訴訟提起から三年を経過した日)に、訴外米村の損害賠償請求権は時効消滅しており、原告が代位取得する権利は存在しない。

2  被告修、被告博好

本件訴訟は、本件事故後一二年を経過した後に提起されており、請求権は時効消滅している。

四  抗弁に対する認否

争う。

本件求償権は、原告が求償権を行使できるときから、すなわち原告が訴外米村に保険金を支払つたときである平成五年一一月二六日から時効が進行し、その期間は、一〇年ないし五年である。

保険者である原告は、保険金の支払い前にあらかじめ時効中断の措置をとることができないから、被告会社の主張は不当である。特に三年の時効期間満了直前に訴えの提起があつたときは、保険者が訴状の送達を受けたときには、すでに時効が完成しているおそれがある。

五  再抗弁

原告は、平成六年八月二四日、被告らに対する本件訴訟を提起した。

六  再抗弁に対する認否

明らかに争わない。

第三当裁判所の判断

一  被告らは、請求原因2(一)、(二)及び(三)(1)、(2)の損害賠償義務は時効消滅している旨主張するので、請求原因に対する判断を暫く措き、抗弁について判断する。

1  時効の起算点

(一) 商法六六二条一項は、損害が第三者の行為により生じた場合、保険者が被保険者に損害を填補したときは、保険契約者又は被保険者がその第三者に対して取得した権利をその填補額の限度で取得すると規定しており、その権利移転は、法律による当然の権利移転であると解され、保険者は保険金の支払いにより、その時点での保険契約者又は被保険者と第三者の権利関係をそのまま承継するのであつて、原始的に権利を取得するものではない(この点は不当利得の法理に基づく返還請求権と解される共同不法行為者間のいわゆる求償権などとは性質が異なる。)。

したがつて、本件では、保険契約者である原告の第三者である被告らに対する請求権の時効の起算点、時効期間については、民法七二四条により被害者である訴外米村が、加害者及び損害を知つたときを起算点とすべきで、その期間は三年と解すべきであり、原告の主張するように保険者である原告がその権利を取得したときを時効の起算点と解することはできない。

もつとも、被告会社は時効の起算点は本件事故時であると主張するが、後遺症が残存する場合には、その症状が固定した時点で損害が確定することになるから、その時点で被害者は損害を知ることになるというべきであり、症状固定時を時効の起算点と解するべきである。

(二) なお、原告は、保険者は、賠償義務者を時効後に知る場合もあり、また、時効中断の手段がなく、この結論を不当であると主張する。

しかし、自家用自動車総合保険の普通保険約款第三章無保険車傷害条項第一二条一項によると、保険金請求権者は、遅滞なく書面で賠償義務者に損害賠償をし、かつ、保険会社にその住所、氏名または名称を通知しなければならないこと、同保険約款第六章一般条項第二〇条一項三号によると、保険金請求は、無保険者傷害に関しては、被保険者が死亡し又は被保険者に後遺症が生じたときに発生し、これを行使できるとされ、同第二四条一項によると、保険金請求権は行使できるときから二年の経過で時効消滅するとされているのであつて(なお、同二〇条二項所定の手続きが行われた場合は、さらに時効期間は伸長する。)、保険者が被保険者に対する賠償義務者を、その三年の時効直前に知る事態は考えられず、仮にそのような事態の時は、保険金請求権が二年の消滅時効により消滅している可能性があり、原告の主張は理由がない。また、保険者に時効中断手段がない点については、保険金を受け取るべき被保険者に時効中断措置を促すか、賠償義務者に被保険者に対する債務の承認を求めるなどの手段も考えられるところであり、右の結論を覆すべき理由とはならないと考えられる。

2  本件の時効起算点

(一) そこで、本件の時効の起算点について検討するに、証拠(甲四の1、2、五の1ないし3、九ないし一七、被告博好、弁論の全趣旨)によると次の事実が認められる。

(1) 本件事故により、訴外米村は自動車保険料率算定会(自算会)から後遺障害として「一上肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」として一二級六号、「局部に神経症状を残すもの」として一四級一〇号に該当し、併合一二級相当とされた。

訴外米村は原告と本件保険契約を締結しており、加害車は任意保険に加入していなかつたため、本件保険契約の無保険車傷害条項に基づき、原告に保険金を請求した。

(2) 昭和五九年四月一〇日に、財団法人交通事故紛争処理センターの斡旋により、原告と訴外米村との間に、別紙損害計算書示談成立欄記載の一〇九六万九九六六円を原告が訴外米村に支払う、後遺障害が今後加重された場合には別途協議する旨の示談が成立した。

原告は、昭和五九年四月一八日、訴外米村に保険金として一〇九六万九九六六円を支払つた。

(3) その後、訴外米村は、自算会に対し後遺障害の等級認定に異議申し立てをし、併合一一級相当との認定を得たが、さらに、排尿障害などの後遺症があるとして異議の申立てをしたが、容れられなかつた。

(4) 訴外米村は、被告会社、原告及び加害車の自賠責保険会社である大東京火災海上保険株式会社(訴外会社)を被告として、昭和六〇年一一月には症状が固定し、その後遺障害は六級相当であると主張して、千葉地方裁判所に昭和六一年一二月二四日、別件訴訟を提起した(被告会社との間では争いがない。)。

(5) 平成五年一〇月二八日、訴外米村は被告会社に対する訴訟を取り下げ、原告及び訴外会社と和解し、訴外会社は訴外米村の後遺症が一〇級であることを確認し、一〇四万円を支払う旨約し、原告は九一四万六九三八円を支払う旨約した。

原告は、平成五年一一月二六日、右金員を訴外米村に支払つた。

(6) 訴外米村の後遺症について、青山病院の医師は、同月八日の診断の結果に基づき、昭和五九年九月二五日発行の後遺症診断書の追加傷害診断として、「尿失禁、排尿障害がある」旨の昭和六〇年一一月二八日付けの診断書を発行し、昭和六〇年四月一〇日初診の東京慈恵会医科大学附属病院の医師は、「現在の症状にて症状固定と考えられる」旨の記載がある昭和六一年二月二二日付け及び昭和六一年一〇月九日付けの各診断書を発行した。

(二) 右事実によると、訴外米村は後遺症が残存する旨主張し、原告らは訴訟においてこれを争つたものの、訴外米村の後遺障害の該当等級はともかく、訴外米村の後遺障害が残存することを前提に和解に応じていること、訴外米村の担当医は訴外米村には排尿障害などの後遺症が残存すると診断していることが認められる。

そして、その後遺症の症状固定時期については、本件訴訟に顕れた資料によると(本件が時効の起算点判断のためであることに鑑みても)、遅くとも昭和六〇年一一月三〇日とするのが相当である。

(三) そうすると、被告修、同博好については、民法七二四条により昭和六〇年一一月三〇日から三年を経過した昭和六三年一二月一日に、訴外米村の同被告らに対する損害賠償請求権は時効消滅したものであると認められる。

また、被告会社については、別件訴訟の提起により、時効は中断したものの、訴外米村が被告会社に対する訴えを取り下げたため、その効力は失われ(民法一四九条)、同様に被告会社に対する損害賠償請求権は時効消滅したものであると認められる。

3  原告の求償権

右認定のとおり、訴外米村の被告らに対する損害賠償請求権は、仮にこれが存在していたとしても、原告が訴外米村に最終的に支払をした時点では時効によつて消滅しており、原告が代位行使するべき対象は存在しておらず、原告の主張は理由がない。

なお、再抗弁は主張自体失当であり、他の時効中断事由についての主張立証はない。

二  請求原因2(三)(3)について

宮坂が、被告会社の船橋営業所長であつたことは争いがないが、甲三には宮坂が個人で署名押印していて、被告会社については何らの記載がないのであつて、被告会社に宮坂の意思表示が帰属するものとは認められないから、原告の主張は理由がない。

三  以上によると、原告の請求はいずれも理由がないから棄却する。

(裁判官 竹内純一)

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